プロフィール
鹿児島県徳之島生まれ。大学卒業後、沖縄県久米島町にて、高校魅力化プロジェクトに参画。町営塾講師(地域おこし協力隊)として、町や高校と連携を図りながら、高校生の学習支援に取り組む。任期後は、転職を機に上京。プログラミング講師を1年半勤めた。現在は、教育やまちづくりの分野から自治体事業のサポートを行う。
現在、東京でファシリテーターやプロジェクトマネージャーとして活動している、麓大地さん。ありたい姿を考え続ける中で、今のキャリアがあると言います。教育分野に興味を持ったきっかけや、日ごろから大切にしていることなど、色々とお話を聞きました。
「やりたいことに悩んだ学生時代」
―子どもの頃から、地域の行事に参加することが多く、地元の方々と交流することが好きだったそうですね。北九州市立大学の地域創生学部を卒業後、どのような経緯で久米島に移住することになったのでしょうか?
「在学中は、地域の幅広い世代と交流しながら、自分にできることをぼんやり考えていました。気がつけば、就職活動がスタート。将来について悩んでいる中で、2つの取り組みに参加しました。1つは、NPO法人コモンビートが行うミュージカルプログラムです。これは、一般人のキャスト、およそ100名が100日で公演を作り上げるというものです。準備を進める中で、自分のありたい姿を考えながら表現することを学びました。この経験は、今でもすごく役に立っています。2つ目は、認定NPO法人カタリバが行うマイプロジェクトです。これは、高校生が、地域や身の回りの気になることをテーマに活動を考え、実践するというものです。私は、生徒に寄り添って一緒に考える、サポート役を務めました。その際、子どもたちのやりたいことが見えた瞬間に立ち会うことが好き、ということに気がつきました。以降、教育分野で中高生の伴走支援ができる仕事を探すようになります。大学4年生の冬に、知人がSNSに投稿した沖縄県久米島町の求人を発見。ゆくゆくは、島の生活に戻りたいという思いもあり、応募しました。」
―島で暮らした経験はあったといえ、新たな土地で活動していくことに不安はありませんでしたか?
「大学の実習を通じて、いろんな地域の方と話をすることも多かったので、不安はなかったですね。ただ、新卒かつ教員免許を持っていなかったため、教科を教えることについては心配でした。着任後は、高校生と年齢が近い自分だからこそできることを模索しながら、カタリバで経験した、ありたい姿への伴走を実践していきたいと思っていました。」
ミュージカル終演後の様子(前列左から2番目)
「学習センタースタッフの活動内容」
―久米島では、学習センタースタッフを3年間務めたそうですね。具体的に、どのようなことに取り組んでいましたか?
「1年目は、教科指導や、ちゅらゼミという社会人基礎力を身につける講義を主に担当しました。AO入試の経験があったことから、小論文や志願理由書の添削などの推薦指導も行いました。2年目からは、同様の業務に加えて、行政や民間企業の皆さんと行う魅力化会議の運営補助や、全国の公営塾スタッフが集まるイベントの企画にも携わらせていただきました。」
―自分に何ができるのかを考えていく中で、徐々に仕事の幅を広げていったのですね。ちなみに活動を続ける中で、意識していることや大事にしていることはありますか?
「そうですね。様々な業務に関わることで、それぞれの立場や視点から物事を捉えるなど、少しずつできることが増えていきました。活動の中で意識していることは、自分の言葉で伝えることです。以前、進路相談を受けた際に、私個人ではなく塾としての考えを伝えてしまい、生徒が離れてしまったことがありました。数か月後に戻ってきてくれましたが、とても申し訳ないことをしたと思っています。この経験は、今まで大事にしていた、生徒と寄り添う、本音で話すという意味を、誤って理解していたことに気づくきっかけになりました。」
ちゅらゼミで講義を務める麓さん
「ありたい姿を探す」
―任期終了後は、東京のベンチャー企業に転職し、プログラミング講師として活動されていました。職種と場所を大きく変えた理由は、何だったのでしょうか?
「島での活動を通じて、個々が力を発揮できる組織づくりに興味を持ち、そのような取り組みを実践している企業に就職しました。場所に関しては、都市の生活スタイルを経験してみたかったので東京を選びましたが、職種については、特にこだわりはありませんでした。入社して1年半が経ち、やりかったことを一通り終えたので、退職しました。その後、産休に入った久米島時代の友人の業務を引き継ぐ形で、今に至ります。
―最後に、これからコーディネーターを目指す、皆さんに向けてメッセージをいただきました。
「やはり、自分はどうありたいのか、どんな風に人や地域と関わっていきたいのか、が見えていると良いですね。そうすることで、楽しい環境が作られ、やりたいことも実現していくのではないかと思います。」
久米島の好きな風景